大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)1425号 判決

被告人 大武幸一

〔抄 録〕

よつて案ずるに、本件公訴事実は、被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和三十八年四月三日午前十一時頃茨木県真壁郡大和村大字本木千四百二十七番地先交差点を普通貨物自動車を運転して、北から南へ向けて通過しようとした際、右方の道路から木代ヒロが第一種原動機付自転車を運転して該交差点に進入しようとしているのを、その交差点の手前四米位の位置で認めたのであるから、この様な場合自動車の運転者は徐行して安全を確認して進行し、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、被告人はこれを怠り、前記木代において一旦停止して進路を譲つてくれるものと軽信し、毎時二十粁位の速度で進行を続けた過失に因り、右木代と交差点内において衝突するに至り、因つて同人に加療二週間位を要する右手橈骨々頭骨折等の傷害を負わせたものである、というのである。

そこで先ず、右事故発生前後における事実関係を調べてみるに、

一、原審第一、二回各公判調書中の被告人の供述記載及び当審公判廷における被告人の供述

二、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中の被告人の供述記載

三、原審及び当審における証人木代ヒロ及び同竹村守に対する各尋問調書中の同人らの各供述記載

四、木代ヒロ及び青木貞雄の司法警察員に対する各供述調書中の同人らの各供述記載

五、木代ヒロ子こと木代ヒロに対する医師延島市郎作成の診断書中の記載

六、司法警察員竹村守作成の実況見分調書及び原審検証調書中の各記載並びに当審における検証の結果(いずれも現場見取図及び現場写真を含む)を総合すると、

(一) 被告人は、普通自動車第二種運転免許を受有し、茨城県下館市金井町所在の川崎醸造材料株式会社下館営業所に自動車運転者として雇われ、普通貨物自動車運転の業務に従事している者であること、

(二) 被告人は、昭和三十八年四月三日同会社所有の普通貨物自動車茨四な六四五号(トヨペツト六三年式)に大豆十袋及び種油十缶位を積載し、同会社員青木貞雄を助手席に同乗させ、これを運転して右下館営業所を出発し、同県西茨城郡岩瀬町から同県真壁郡真壁町に通ずる県道を時速約二十五粁を以て南進し、同日午前十一時頃同県真壁郡大和村大字本木千四百二十七番地の、右方(西方)羽田部落に通ずる道路との交差点に差しかかつたこと、

(三) 被告人は、該交差点の約四米手前(北方)において、右方(西方)羽田部落に通ずる道路から該交差点に向い第一種原動機付自転車に乗つて進行して来る木代ヒロ(大正八年生)の姿を、右斜め前方、即ち該交差点西北角の安田喜作方店舖の硝子障子越しに、該交差点の西方約四米の個所に発見したのであるが、同女が通行している道路の幅員よりも、これと交差している自己の通行している道路の幅員が明らかに広いから、同女が該交差点に進入するに当り先ず徐行し、次いで左右注視によつて被告人の自動車に気づくや否や、これに進路を譲るため一時停止してくれるものと予期したが、それでもなお同女が一時停止しない場合を慮かり、速力を時速約二十粁に低減すると共にフートブレーキに足を載せ急停車の準備をして僅かに前進したところ、同女が一時停止しそうにもなく、そのまま該交差点に進入して来る様子を看取し、同女との衝突の危険を感じ、直ちに急ブレーキを掛け、同時にハンドルを左に切つたが、時既に遅く、該交差点の西北角附近において、被告人の自動車の右前バンバー及び右前フエンダーと木代ヒロの原動機付自転車の前輪とが衝突したこと、

(四) 木代ヒロは、右衝突のはずみで、その場に自転車諸共に転倒し、因つて向後三週間以上の加療を要する右手橈骨々頭骨折等の傷害を負つたことをそれぞれ認めることができる。

しかして、前掲証拠の六によれば、本件事故発生の現場は、北方の茨城県西茨城郡岩瀬町から南方の同県真壁郡真壁町に通ずる県道(左右両側にそれぞれ幅約五十糎の側溝を有する有効幅員約四米の砂利敷・北舖装道路)が、西方羽田部落に通ずる道路(幅員約三米七十糎の非舖装道路)と丁字路を成して交わる、交通整理の行われていない交差点であつて、該県道は現場を中心とする数百米の間ほぼ直線状を成し、南北の見透しは極めて良好であるが、該県道と右羽田部落に通ずる道路とは、ほぼ直角状に交差し、県道の北方から該交差点に向う右側(西側)には人家が立ち並び、ことに該交差点の右角(西北角)には安田喜作方の店舖兼住家があつて、県道の北方から該交差点に向い右側即ち西方羽田部落に通ずる道路上の見透し及び羽田部落に通ずる道路の西方から該交差点に向い左側即ち北方岩瀬町方面に通ずる県道上の見透しが、それぞれ妨げられていることが認められる。

また、前掲証拠の一、二及び四によれば、木代ヒロは、当時第一種原動機付自転車を運転し、前記羽田部落に通ずる道路の左側を西方即ち羽田部落方面から時速約二十粁を以て東進し、前記交差点で左折し、前記県道上に進出しようとしたのであるが、該交差点の手前において、僅かに速力を時速約十粁に低減しただけで、一時停止して左右の安全を確認する挙に出でず、そのまま漫然該交差点に進入して左折したことが認められる。なお原審及び当審における証人木代ヒロに対する各尋問調書中自分は本件交差点に進入する直前県道の側溝に架つた石の上に自転車の前輪を置いて一時停止し、左右の安全を確認し、左方即ち県道の北方からは自動車の進行して来るのを認めなかつたから、左折して県道上に進出した旨の同人の供述記載は、同人の司法警察員に対する供述調書中の同人の供述記載並びに前掲証拠の六、就中当審における検証の結果に照らし、到底措信し得ない。

以上認定の事実関係に基づいて、本件事故発生の原因を考察してみるに、本件は全く両車の出合頭の衝突事故であつて、被害者木代ヒロ側に非こそあれ、被告人側には自動車運転者としての注意義務を怠つた過失があるものとは認められない。以下、その理由を分説する。

一、被告人が交差点の手前において右斜め前方に木代ヒロの姿を発見しながら、直ちに停車しないで前進したことの当否について。

被告人は、本件交差点の約四米手前(北方)において、右方(西方)羽田部落に通ずる道路から該交差点に向い第一種原動機付自転車に乗つて進行して来る木代ヒロの姿を、右斜め前方、即ち該交差点西北角の安田喜作方店舖の硝子障子越しに、該交差点の西方約四米の個所に発見しながら、直ちに停車しないで前進したのであるが、該交差点では交通整理が行われておらず、木代ヒロが通行していた道路の幅員は約三米七十糎であるのに対し、これと交差する被告人が通行していた道路は県道で、その幅員は左右両側の幅約五十糎の側溝を含めると優に約五米あるうえ、羽田部落に通ずる道路の西方から該交差点に向い左側、即ち本件県道上の見透しは人家によつて妨げられているのであるから、羽田部落に通ずる道路より該交差点に進入しようとする木代ヒロとしては、あらかじめ徐行すべきは勿論のこと、該交差点において左折し本件県道上に進出するに当つては、交差点の手前において一時停止し、左右を注視して自己の進路の安全か否かを確認することを要し、もつて該県道から該交差点に進入しようとする車両等があるときはこれに進路を譲らなければならないものというべく(道路交通法第三十六条参照)、従つて優先通行権のある被告人が木代ヒロにおいて当然右の必要なる挙に出るものと期待し、そのため直ちに停車しないで前進したことはそれ自体何ら咎められるべきものではない。

二、右の場合被告人が時速約二十粁を以て前進したのは、減速が不十分であるか否かについて、

被告人は、それでもなお木代ヒロが一時停止しない場合を慮かり、速力を時速約二十粁に低減して前進したのであるが、仮りに更に万全を期し、直ちに急ブレーキを掛け急停車の措置を講じたとしても、ブレーキが現実に働くまでの空走距離に、それまでの時速約二十五粁に対応する制動距離(厳密には算定し得ないが、記録及び当審における事実取調の結果を総合すると、時速約二十粁の場合約五米で、本件県道のごとく路面が砂利敷の場合には更に長くなるものと考えられる)を加えると、木代ヒロが一時停止しないで県道上に進出して来る限り、両車は本件衝突地点である前記交差点の西北角附近(記録及び当審における事実取調の結果を総合すると、交差点の西北角から東南方へ精々約二米以内の地点と推定される)に至るまでの間において所詮衝突を免がれ得ないものと認められるから、被告人が速力を時速約二十粁に低減して前進したことを目して減速が不十分であると非難し、その故に本件衝突事故が発生したものと断ずるのは当を得ない。

三、被告人が木代ヒロの姿を発見した後に採つた措置全般の当否について、

被告人は、前示認定の如く本件交差点の約四米手前(北方)において、右側(西方)羽田部落に通ずる道路から該交差点に向い第一種原動機付自転車に乗つて進行して来る木代ヒロの姿を、右斜め前方、即ち該交差点西北角の安田喜作方店舖の硝子障子越しに、該交差点の西方約四米の個所に発見するや、同女が道路交通法第三十六条の趣旨に従い徐行及び一時停止の挙に出ることを期待しながらも、それでもなお同女が一時停止しない場合を慮かり、速力を時速約二十粁に低減すると共に何時でも急停車することができるようフートブレーキに足を載せながら僅かに前進し、同女が一時停止をしそうにもなく、そのまま本件交差点に進入して来る様子に気付き、同女との衝突の危険を感じ、直ちに急ブレーキを掛け、同時にハンドルを左に切つたのであるから、被告人の叙上措置は事態に即応した適切な措置であると評すべきである。

四、更に記録を精査検討し、当審における事実取調の結果にかんがみても、他に被告人が自動車運転者として必要な注意義務を尽さなかつたと認むべき廉は存しない。尤も、

(1) 被告人が本件交差点に差しかかる際時速二十五粁に達しない低速力を以て本件県道を南進していたならば、該交差点の約四米手前において木代ヒロの姿を発見した直後急ブレーキを掛けた場合の制動距離がもつと短縮される結果、たとえ同女が一時停止をしないで該県道上に進出して来たとしても、これとの衝突を避けられなかつたことはないとも云い得ようが、特段の交通規制が行われていない本件現場附近の県道において時速約二十五粁を以て普通貨物自動車を運転することは、法定の最高速度が時速五十粁であること(道路交通法第二十二条、同法施行令第十一条第二号参照)、道路の幅員その他の状況、後続車両との関係、高速度交通機関である自動車の機能と性格、また記録及び当審における事実取調の結果明らかなごとく、本件羽田部落に通ずる道路は一般に人車の通行が稀であること等にかんがみると、被告人が本件交差点に差しかかる際時速約二十五粁を以て本件県道を南進していたことを採り上げて被告人を非難するのは相当ではなく、また、

(2) 被告人が本件交差点に差しかかる前から又は遅くとも該交差点の約四米手前において木代ヒロの姿を発見した際に警音器を鳴らしたならば、同女においても被告人の自動車の接近することを逸早く確認して前掲一に説示した挙措に出ることもでき、その結果本件衝突事故の発生は避けられたものと云い得ようが(被告人は当審公判廷においては、交差点の約四米手前において木代ヒロの姿を発見した際に警音器を鳴らした旨供述しているが、記録及び当審における事実取調の結果を総合すると、その然らざることを窺うに足る)、

イ、一般に、車両等の運転者は、法令の規定により警音器を鳴らさなければならないこととされている場合のほかは、警音器を鳴らしてはならず、本件事故発生の現場は側方の見透しのきかない交差点ではあるが、警音器を鳴らさなければならない場所として指定されてはいないから、(道路交通法第五十四条第一項第一号、第二項本文、当審証人竹村守に対する尋問調書中の同人の供述記載参照)、被告人が本件交差点に差しかかる前に警音器を鳴らさなかつたとしても、それは別段咎むべきことではなく、

ロ、被告人が本件交差点の約四米手前において、右斜め前方、該交差点の西方約四米の個所に木代ヒロの姿を発見した場合のごとく、衝突の危険を防止するためやむを得ないときは、警音器を鳴らしても差支えなく(同条第二項但書参照)、また条理上警音器を鳴らさなければならないと思料されるのであるが、当時同女は既に該交差点の西方約四米の個所にあり、且つ、少なくとも時速約十粁を以て東進中であつたと認められるから、たとえ被告人が即時警音器を鳴らしたとしても、殆んど瞬間の裡に同女は該交差点の西側端に達し、そのまま左折して交差点に進入する態勢となり、結局警音器の吹鳴はその効果を発揮する余地なきに帰すべく、従つて、本件の場合被告人が警音器を鳴らしたかどうかは、被告人の過失の有無を決定する事由とはなり得ない。

要するに、本件衝突事故の発生については、被告人側には何ら過失の責がなく、被害者木代ヒロ側において前記のごとく側方の見透しのきかない幅員に広狭の差のある交差点に進入するに当り徐行義務を尽さず、且つ一時停止して進路の安全を確認することを怠つたことがその原因を成していると認められるのである。

然らば本件事故の発生が被告人の過失に起因するものと判断した原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及すことが明らかであるから、原判決は破棄を免がれず、論旨は理由がある。

(坂間 栗田 有路)

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